FBKINGDOM STORY
EP1 Welcome to FBKINGDOM!
原案:白上 フブキ 執筆:茅埜 仁子
これは僕らのキセキ。
僕とキミと、大切なあの子の。
この王国で過ごす、かけがえのない日々を綴る僕たちの物語。
「おなかが空いた……」
真っ白でふわふわなおなかをさすりながら、とことこと歩く。木漏れ日が少し憎らしくなってくるぐらいの時間、ただどこかへ辿り着こうと歩いていた。
気づけば森の中。どこから来たのかもわからず、はじめは小さな肉球の手……?に困惑していた。自分は誰なのか、考えても『カイシャ』、『ツウキン』、『ノルマ』……。なんだか嫌な気分になる単語ばかりが思い浮かぶのでやめてしまった。
とにかく、大きな耳をぴょこぴょこと動かして、鮮やかな黄色の尻尾の調子を確かめて、体をうんと伸ばした僕は『ジユウ』を謳歌するために気の向くままに歩きだしたのだ。
幸運なことに早々にどこかへと続く道を見つけられた。そこまでは良かったのだ。
「ど、どこまで行けばいいんだろう……?」
心地の良い空気と、適度に差し込む日の光。まさに森林浴には最適な美しい森だ。五角形の星を思わせる、大ぶりの葉を茂らせた木。橙色の小さくて良い香りの花をたくさん咲かせる木。とても食べられそうにないが、虹色の宝石みたいな実をつける木
。どれもこれも見たことがない、首がいたくなるほどの巨木が風に合わせてサワサワと葉を揺らしていた。
けれど、歩けども歩けども同じ景色。さすがに飽きてきた。
「そもそもどこかへつながっているのかなぁ?」
今歩いている道は土がむき出しの道だが、雑草も生えておらず、脇には間隔を揃えた小石が並べられている。定期的にきちんと整備されているように思う。だからきっとどこかへつながる道のはずなのだ。そう思いたい。
「……」
少し不安になってきた。もし、このまま遭難してしまったら?僕はおなかをすかせたまま、一人さみしく果ててしまうのだろうか。せっかくの『ジユウ』を何にも使えないまま?よくよく考えたら動物に襲われでもしたら、この体で生き残れるのだろうか?
「音……?」
かすかに聞こえた、鐘――そして笛の音。
軽やかで穏やかなかすかに聞こえてくる楽しげな音色。それが不思議と僕の心を楽しく急かした。早くおいでよ!そう言っているような気すらして。
耳に手を当てて集中する。音色は一体どこから来るのか。
「……あっちだ!」
この道の先、自分が向かっていた方向から。目を細めてみればかすかに白いアーチのようなものが見えるような見えないような……!確かにこの道はどこかへつながっているらしい。うれしくてピンと立った耳に届いたのは、軽やかなトランペットのファンファーレ!
不安と寂しさはどこへやら。僕は風に乗ってきたわくわくを抱えて走り出す。地面を蹴って、スキップするようにアーチへ向かって。
近づいていくと立派な白い壁と、巨大なアーチ型の石でできた門が見えてきた。それと同時に土でできた道に少しずつ埋め込まれたレンガが現れ、ついに淡い乳白色のレンガタイルが敷き詰められた立派な道になった。
いつの間にかバラエティに富んだ木々も、小さな橙色のお花の木へと統一されていた。
「おい、止まれ!」
急に言葉が聞こえたものだから、僕はびっくりして立ち止まる。上ばかり見て走っていたから気づかなかった。声につられて視線を下げれば、自分と同じような姿をした、けれど兜を被って槍を持った存在が2人……いた。
「貴様、何者だ!名を名乗れ!」
「僕ですか!?僕は……」
名乗ろうにも自分が何者かわからない。言葉が出ず、口をつぐむ。そんな僕に構わず、目の前の2人は話し続けた。
「言いたいだけだろ!お前は。」
「そうだ!誰かがこの門に近づくたびに言っているぞ!」
「こまっちゃってるじゃないか。僕たちはみんな同じすこん部なんだから」
聞き慣れない、でも妙に耳なじみの良い単語だ。
「すこんぶ……?」
「そうだぞ!俺たちはすこん部だ!」
「僕はすこん部って言うんですか……?」
2人は首を傾げる。
「記憶喪失ごっこか?俺もやるぞ!」
「まってまって、もしかして君……」
まじまじと僕の顔を見つめた、少し柔らかな口調の彼は納得した様子で1つ頷いた。
「新しくやってきたすこん部だね。そりゃ何もわからないのも当然だよ!」
「なるほど!初心者ってやつだな!」
槍の柄をコンコンと地面に打ち立て、2人はアーチの上部を指さす。
『ようこそ、フブキングダムへ!』
言葉通り、石造りのアーチの上部には『FBKINGDOM』と彫られていた。アーチの奥にはたくさんのすこん部と彼らが暮らしているであろう町並みが、少し右にはとんがり屋根の塔が連なる立派なお城が見える。
聞こえてきていた音楽はさらに音の厚みを増して、町にたなびく旗のパタパタという音からも風を感じることが出来た。その風には花の香りに混ざって何やら香ばしくおいしそうな香りが……。
……グゥゥ――。
そうだった。おなかが空いていたんだった。
「なんだ、貴様!腹が減っていたのか!」
「だったらほら、僕のお弁当を分けてあげるよ」
彼はタタタッと門まで駆けていき、根元に生えた草陰からなにやら包みを取り出して戻ってきた。
「焼きとうもろこし!ほら、お食べよ」
「えっ、いいんですか……?」
正直、即座にかぶりつきたい。それほど腹の虫は切実だ。けれど、人のお弁当を「じゃあ!」とは受け取れない。
「いいんだよ!それに、このとうもろこしは我が国の名産品でもあるから、ぜひ食べてほしいんだ!」
「いらないなら俺がもらってやるぞ!」
そう言われると、食べたい欲求は更に高まった。目の前で取られるかもと思うと焦りもあった。
おずおずと、とうもろこしを受け取り、かぶりつく。もきゅっという独特の一口の噛み応え、かじり取った粒が噛むたびに甘みとうまみをにじませる。口いっぱいに香ばしさとほのかに甘いおいしさが広がる。
「うまい!」
思わず飛び出た感嘆の声に彼らは誇らしげに胸を張った。
「ふん、そうだろう!そうだろう!」
「王国の民が一生懸命作ったもので喜んでもらえて嬉しいよ」
僕は夢中になってとうもろこしを食べた。なぜだか、こんなにおいしいものを食べたのは随分と久しぶりな感じがする。そんな思いが、少しだけ目元をにじませた。
「ありがとうございました。こんなにおいしいって思ったの、久しぶりで」
「そうなのか?これからは毎日おいしいもの食べられるんだぞ!」
「え?」
「ここはどんな夢、たとえ君自身が忘れかけた夢ですら見つけて受け入れる王国。君のことも大歓迎さ!」
『ユメ』。あぁ、なにか。ここに来る前に、なにか夢を見た気がする。灰色の日常を送る中で、鮮明に輝く、誰かの笑顔を。
「ゆめ……」
「さぁ、僕らの仲間になる準備はできた?」
「だったらさっさと門をくぐるんだぞ!!」
僕は大きく頷いて、一歩踏み出す。ぼんやりと覚えている、一番星のように輝く笑顔を頭に巡らせる。門と城を眺める。きっといつか一番星のキミに出会えるように願いながら。
僕は、王国の門をくぐった。
門の外から見えてはいたが、立派な町だ。城壁と同じく白を基調とした石造りの建物が所狭しと並んでいる。けれど、決して冷たい印象はない。屋根の色がカラフルなせいか、不思議と温かみすらある。
ここは通り沿いで特に賑やかなのだろうか。たくさんのすこん部が往来していた。紙袋を抱えたすこん部や、散歩している風のすこん部、大量の荷物を運ぶすこん部。中には数人が7色に光る棒を2つ持って音楽に合わせて一生懸命振っているすこん部たちもいた。
周りが気になってキョロキョロと視線を迷わせる僕に門番の彼は通りの先を指さした。
「まず、初めに図書館へ行って住民登録をするんだよ」
「住民登録?」
「そう、まずはこの国の国民になりましたって証をもらうんだ。」
彼は首に巻いたスカーフ、正確に言えばそれについたバッジを指さした。
「あ、そのお花。ここに来る途中にたくさんありました!」
「フッフッフッ、この花はこの国のシンボル!“きんもくせい”っていうんだぞ!」
「そう、いい香りだよね。 金木犀。王様が好きな花でもあるんだ」
なるほど、と頷く。それであんなに植えられていたのか。
彼らはまた道の先を指さす。
「この通りをまっすぐいくと広場があるんだ。図書館はその広場に面している大きな空色の屋根の建物だよ」
「屋根に本が乗っかっている建物だ!」
と、言われても想像がつかない。辿り着けるか少し不安そうにする僕の肩を、少し口調が乱暴なすこん部がバシッと叩く。
「いけばわかるぞ!どうしてもわからなかったらまわりのすこん部に聞け!」
「えっと、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だ!みんな初見に優しい!それが王国のお約束だからな!」
「初見は囲ってなんぼだからね」
よくわからないが、とにかく大丈夫ということなのだろう。少し安心した僕は住民登録を済ませに行くことにした。
「ご親切にありがとうございました!」
「ドンといけよ!」
「司書さんによろしくね!」
これまたよくわからない激励を受け、僕は通りを教えられたとおりにまっすぐ歩き始めた。
通りをしばらく歩けばなるほど、広場に着いた。円形に空間が広がっており、脇の方にはベンチや自動販売機などが設置されていて、休憩所や住民の憩いの場になっていることがわかる。
「わぁ……大きいお城だぁ……!」
広く大きな階段の先、少し小高くなっている場所。そこにお城は建っていた。遠目から見ても立派だったが、近くで見るとより迫力を感じる。白い城壁に水色の屋根と装飾。左右対称に配置された尖塔と、尖塔型のアーチには大きなステンドグラスの窓がはまっている。
よく見てみてびっくりしたのだが、飛梁の装飾は微妙に発光していた。夜になればきっと綺麗にライトアップされるのだろう。尖塔の頂上にはキツネをモチーフにしたのであろう白いマークをあしらった紺色の旗がたなびいていた。
右手にはアーケードがあり、『商店街』と大きく書かれていた。さっき食べさせてもらったとうもろこしの形の看板はわかりやすい。他にもハンバーガー屋やお茶屋、「金釣れます!」と幟を掲げる釣具屋。なんの店かはわからなかったが、店の前で大勢のすこん部が小さい包みを必死に剥いて、たくさんのカードを精査している店もあった。
賑やかな雰囲気についついそちらへ向かいたくなる気持ちを抑える。
気を取り直して正面を見やる。
「王国ってことは王様がいるんだよね」
どんな人なんだろう。こんな立派な城に住んでいて、こんなに大きな町を統べる王様。どんな夢も受け入れる王国を掲げる人。
「きっと素敵な人だよね」
王様なんてそうそうお目にかかれるものでもないだろう。だからいつか、いつか会えたらいいなって。そう思いながら、僕は左手にある開かれた本の石像が玄関屋根に飾られた大きな建物へと足を進めた。
「見てください、すこん部!白上の強運!超レアカードですよこれ!!!」
「おめでとう!」
「やったね!」
「はっはっはー!さぁて、運試しも済んだことですしカジノにでも……」
「それはやめよう」
「なぁーんでですかぁ!」
「でも王様、本当にお城に帰らなくていいの?」
「そうそう、だってもうすぐ……」
彼女はにこりと微笑んで立ち上がった。
ギィと重々しい両開きの扉を開ける。
薄暗いとまではいかないが、やや照明の抑えられた室内に目をしばたたかせる。
紙とインクのこっくりとした香り。目に飛び込んでくる無数の本の山!扉からまっすぐに敷かれた絨毯の先に書斎机が置かれ、通路に沿って所狭しと並べられた木製の巨大な本棚にはぎっしりと本が収蔵されている。
さらに本棚に収めきれなかった本が専用のカートにうず高く積まれていた。荘厳な外観には似つかわしくないかもしれないが、よく見れば漫画本も多く収蔵されているらしい。人の出入りはそこそこといったところだろうか。ちらほらとすこん部の姿が見える。
「おや、いらっしゃい」
ゆったりとした声に視線を正面に戻す。どこに隠れていたのか、書斎机の向こうに白い髪を三つ編みにして、メガネを掛けた女性が頬杖をついて自分を見下ろしていた。……女性?
「すこん部……じゃない!?」
「あぁ、貴方は新しくやってきたすこん部ですね。私と王様、そして一部の国民なんかはすこん部とは違った姿をしているんですよ」
にっこりと微笑んだ彼女は、よっこらしょとひと声かけながら書斎机の引き出しから分厚い書物を取り出した。そしてパラパラと中身を確認しているようだった。
「うん、住宅街にも空きがある。すぐに家を紹介できます」
「ありがとうございます?」
住む場所はある。ということは野宿はしなくてもいい。ほっと一安心する。
「と、その前に」
バタンと書物を閉じた彼女はまた僕を見つめる。
「これから我が国の民になるキミには我が国のことを知ってもらわないといけませんね」
「そ、そうです!僕も知りたかったんです!」
まってました!僕は身を乗り出す。
「僕は……なにか大切な夢があってここに来た気がするんです」
誰かの笑顔を覚えている。なんとなくだけれどここへ来ればその笑顔にまた出会える気がした。
「それに、少し歩いただけだけど。この国は賑やかでいいところだなって。ショケン?に優しくって親切にもしてもらいました。」
この国の一員になる。その言葉を聞いたとき、僕はどうしようもなく安心して、むしろやっと帰ってこれたとさえ思えた。
「この国のこと、民のこと、王様のこと……ちゃんと知りたいです!」
僕の声に彼女は目をまんまるにして驚いたような表情を作ると、ふわりと目元を緩ませた。
「あの子の築き上げた王国は、こんなにも人々を惹きつけるようになったんだな」
彼女はそう呟くと、両手をぱん、と打ち鳴らすように合わせた。
「いいだろう。少しだけ、語ろう。我らが王国、フブキングダムとその王、フブキの物語を」
彼女は立ち上がると書斎机の向こうへと僕をいざなった。そこには2人掛けの革張りのソファーが向かい合って置かれていた。その間には小さな机、その上にランタンが置かれて明かりを揺らしていた。
彼女の読書スペースなのだろう。慣れた様子でソファーに腰掛けると、僕に向かいのソファーを勧めた。僕は勧められるままにソファーへよじ登る。彼女にちょうど良いサイズのソファーは僕には大きすぎて、ここでこのまま眠れてしまいそうだった。
「フブキングダムとは、我らが王白上フブキがこの地に築き上げた王国だ」
自己紹介が遅れたね、私は……司書さんとでも呼んでくれたまえ。この王国の記録官であり、王国唯一の図書館の管理運営を任されている。この図書館はね、住民の住宅の手配やお仕事の斡旋なんかも行っているんですよ。困ったことがあればまず図書館に相談に来てくださいね。
さて、一人……一匹の狐の少女の物語を話そうか。
彼女は昔、遠い亡国で平和に暮らしていた。魔法の修行をしながら家族や友だちに囲まれて幸せに暮らしていたんだ。だがある時、戦争が始まった。彼女の故郷は滅び、彼女は国から去らざるを得なくなった。
彼女は『明るく楽しく穏やかな、平和な王国を作りたい』そう願ってこの地に自分の王国を築きはじめたんだ。
歌と遊びが大好きな彼女は、それを通じて仲間や友だちを増やし、全員の力を合わせてコツコツと築き上げたのがこの王国だ。
お調子者でギャンブルと激辛をこよなく愛する……少し困った面もあれば、今も町に降りてきて民と遊ぶ親近感のある面もある。一度マイクを握れば全員を魅了する。不思議な、そして可愛らしい王様だよ。
「……会ってみたいな」
ふわりと浮かび上がるような自分の声に驚いた。会ってみたい。司書さんはそんな僕の言葉を聞いてかパチンと指を鳴らす。
「キミは運が良い。もうすぐハロウィンパーティーが始まるからね。きっと王様にも会えるでしょう」
「本当ですか!」
喜んだものの、ハロウィンパーティーって?そう首を傾げる僕に司書さんはクスリと笑った。
「ハロウィンパーティーというのはですね、冥界の女王様との盟約のもと行われるお祭りです。」
「冥界……って死者の国ってことですか!?」
ゾゾッと背に怖気が走る。冥界の女王だなんて、まず響きが恐ろしい。
「大丈夫、大丈夫。掟を守っていれば害はないですよ」
「そんな……それに掟って…?」
「ハロウィンパーティーを楽しむための掟です」
司書さんは一息ついてパーティーについて説明をはじめた。
「元々ハロウィンパーティーは死者を弔うためのお祭りでした。けれど、それを見ていた死者たちが自分たちも生者に混ざって楽しみたい!と言いだしたのです。それで、我らが王と冥界の女王の間で取り決めが成されました。そして、冥界の女王の城に生者を招いて盛大にパーティーをするようになったのです」
確かに、楽しそうなお祭りを見ていたら混ざりたくなる気持ちもわかる。
「王城は見ましたか?」
「はい、見ましたけど……」
「王城の地下には冥界へつながる門が封印されているのです」
そうだったのか!?あまりにびっくりした僕は呆然と口を開けていた。きれいなお城の裏の顔を知ってしまった。
「それが年に一度、パーティーのときだけ開かれます。そこを通って冥界の女王の城へみんなで行くのですよ」
「そうなんですか……」
ざっくりと言えば大勢が集うパーティーだ。死者と生者の垣根を越えて、きっといろんな人がいるんだろう。楽しそうだ。けれど……。
「やっぱりちょっと怖いです……」
「ふふふ。そんな不安なキミに三つの掟を授けましょう」
彼女は三本指を立て、一つ一つ折り曲げていく。
「一つ、お菓子を必ず持っていくこと。ハロウィンパーティーではお菓子を交換し合います。挨拶代わりにもなるし、珍しいお菓子も、交換で手に入りますよ」
珍しいお菓子!もしかして生者の国にもないような死者の国のお菓子というのもあるのだろうか。未知の味を想像してよだれが……。
「二つ、仮装をしてくること。これは死者と生者を分からなくするため、主にトラブル防止が目的ですね。毎回気合の入った面白い仮装が見られますよ」
それはとても楽しみだ。一体どんな物があるというのだろうか。
「三つ、これが一番大切です。よく聞いてくださいね」
「はい!」
「絶対に時間内に元の世界へ帰ること」
しんとあたりが静まり返る。
「もし……帰れなかったら……?」
「その時は冥界の住人の仲間入り、ですね」
「それってつまり……」
「……その日がキミの命日になるということだ」
「きゃああ!!」
思わず頭を抱えて叫ぶ。全身の毛が逆立った。だって司書さんの語りが雰囲気たっぷりなんだもの!お祭りの楽しさに浮かれて、うっかり死ぬなんて冗談じゃない。まだこの国に来たばかりなのに!それだというのに僕を怖がらせた当の本人はケラケラと腹を押さえて笑っていた。
「笑い事じゃないですよ!」
「すまない、あまりにいいリアクションだったから」
笑いすぎたのだろう、司書さんは滲んだ涙を指で軽く拭った。
「三つの掟を守っていれば大丈夫。それに、冥界の住人には生者に危害を加えてはならないという掟があるのです」
むすっと目を細めて司書さんを睨めつけると彼女はバツが悪そうにそう言った。
「本当でしょうね」
「本当ですとも。そうでないとお祭りがお祭りとして成り立たなくなってしまう、だろう?」
たしかにそれはそうだ。少し話題を逸らされたような気がして釈然としないが、決まりを守っていれば安全だということは理解できた。
「ほら、もうすぐ始まります」
遠くで賑やかな音楽が流れ出した。いつの間にか日も傾いていて、天井近くに備えられていた調光用らしき窓が鮮やかな夕焼けに染まっていた。急に視野が狭くなり、頭と肩に布の感触が落ちてきた。これは、フード付きのマント?
彼女はフードと襟を整えて合わせると、そこにあの金木犀のバッジをつけてくれた。
「掟その二、仮装をしていくこと。そのマントは差し上げます」
司書さんは笑って立ち上がる。
「あ、ありがとうございます!」
僕もつられて立ち上がった。それを確認すると、彼女は外へつながる扉へと向かう。
「さぁ、外に出たら城へ向かうんですよ。フードは決して外さないで」
「はい!」
僕の返事に満足したのか、彼女は片方の扉を開ける。
「どうか楽しんで。また後で会いましょう」
「ありがとうございました!」
開かれた扉の先には、この数時間でコウモリやかぼちゃの飾り付けがされていた。そして、思い思いの格好をしたすこん部たちが、お城の方へゾロゾロと列をなして歩いていくのが見える。布をかぶったおばけ、メイクをしたゾンビ、吸血鬼や魔女、ミイラまで。いても立ってもいられなくなって、僕はフードをぎゅっと両手で押さえて図書館から飛び出した。
置いていかれないように全力で駆け出しながら、僕は階段の先のお城を目指した。