FBKINGDOM STORY
EP4-3 目指せ!Big Dream?
原案:白上 フブキ 執筆:茅埜 仁子
ビカビカと眩しい照明も、周囲のゲーム台から漏れる電子音も、二人の間の空間だけすっと遠のいていくような緊張感があった。
「勝負の種目は『ブラックジャック』。カードゲームの王様であり、シンプルゆえに駆け引きと度胸、そして運のすべてが試される」
ディーラーさんは滑らかな動作でテーブルにカードを並べながら説明を始める。
「今回はアタシとお前さんの一対一。配られたカードの合計値を、より『21』に近付けた方が勝ち。ただし、21を超えてしまったらその時点で即失格、バーストだ」
シャララ……と音を立ててディーラーさんの長くてしなやかな指先がカードを踊らせる。その洗練された手つきは、そう動くことが運命づけられているかのように鮮やかだ。
「21を超えちゃダメなんですね」
「そうだ。絵札は全部『10』として数える。Aはお前さんの都合のいいように『1』としても『11』としても数えてもいい。で、カードが物足りなけりゃ『ヒット』と言って追加で何枚でも引いていいし、十分だと思ったら『スタンド』と言ってその数字で勝負するんだ」
「引きすぎてもダメだし、攻めなさすぎても負けちゃう……」
「そういうことさね。飲み込みが早くて助かるよ」
ピタリとディーラーさんの手にカードが止まる。
「それじゃあ、能書きはこれくらいにして……いざ勝負といこうじゃねぇの!」
真っ赤なクロスの上を滑り出す二枚のカード。こうして僕とディーラーさんの一対一の勝負が幕を開けた。
ディーラーさんは余裕の笑みを絶やさず、鮮やかな手つきでカードを配っていく。淀みない決断、無駄のないプレイ。まるで正解を知っているかのような隙のない姿。
勝てるのか、そんな不安は常に心の隅にある。
けれど、勝負をすると決めた以上は自分の運を信じるのみ!
「19……、スタンドで!」
「堅実だねぇ。アタシは……っと、18か。お前さんの勝ちだ!」
「やったぁ!」
ルールを覚えながら、ギリギリのところでディーラーさんの数字を上回り、小さな勝ちを積み重ねていく。勝ったり、負けたり、また勝ったり。手元のコインは一進一退の攻防を続け、息をのむような緊迫感が二人の間を駆け巡る。
冷や汗が頬を伝う。心臓がうるさいくらいに胸の裏側を叩いている。だけど、怖いだけじゃない。この息が詰まるようなスリルが、体の芯から熱いワクワクを呼び起こしていく。
「ハハ! やるね、アタシのプレッシャーにここまで耐え抜く奴はそうそう居ないよ」
「……勝負は楽しむもの、なんでしょう!」
「そのとおりさ。やっぱりいい度胸してるな」
ニヤリとディーラーさんが笑う。メガネの奥の瞳にドロリとした熱がこもる。
負けたくない、今そう思ったんだ。僕に対して!
体がカッと熱くなる。口の周りをぺろりと舐める。
カジノの喧騒なんぞどこへやら、集中が研ぎ澄まされていく。だんだんと多くなっていく賭け金……。そうして訪れた、何回目かのゲーム。
「さぁて、そろそろお互い腹くくろうかね。……勝負どころだぜ?」
ディーラーさんが配った僕の最初の2枚のカード。めくってみるとそこにあったのは「5」と「6」。合計「11」だ。
「11……!」
ディーラーさんの伏せられたカードの隣にある表向きのカードは「6」。
チャンスだ。次に「10」や絵札が来れば、一気に最高の「21」になる!
その時、最初にディーラーさんが教えてくれた特別なルールが頭をよぎった。
『最初に配られた2枚で勝てると思ったときはな、賭け金を倍に増やしてカードを1枚だけ追加で引く『ダブルダウン』って大勝負ができるんだよ』
勝てる……! 今までもギリギリのところで勝ってきたんだ。今の僕なら、この波に乗れる……!
期待が、震えが、興奮が、胸の中で大きく大きく膨らんでいく。今までの勝利が、僕の背中を強く強く押し込んだ。
「ダブルダウン!!」
僕は叫ぶようにして、最初の賭け金と同額をテーブルに叩きつける。ここで勝てば、これで勝てば……。
「乗ったねぇ、その威勢嫌いじゃないぜ!」
ディーラーさんのメガネが、ギラリと妖しく光る。山札から滑り出された、運命の1枚。
カサリ。
カードが開かれる。
そこに書かれていた数字は『K』ではなく……「J」でもなく……。
「……あ」
描かれていたのは、僕の予想を大きく裏切る、絶妙に噛み合わない数字、「8」。
21に届かない……っ!
いや、合計19なら十分。ここでディーラーがバーストするか、18以下なら……!
「親の伏せカードは『5』。合計11か……よし、勝負だ!」
ディーラーさんが引いたカードは「10」。
合計「21」。
「……ッ、嘘……でしょ……?」
「……ブラックジャック。運命の女神はいつだってアタシのそばにいるのさ」
「今回の賭け分はすべて回収させていただきますね」
ディーラーすこん部の丁寧な声とともに、僕の目の前にあったはずの大量のコイン、ビギナーズラックで増えた分も、サーッと波が引くように根こそぎ持っていかれてしまった。
ぽかん、と空いた手元。さっきまでのずっしりとした重みはどこにもない。そこには、真っ赤なクロスの無機質な手触りだけが残されていた。
「あ……あ……」
頭の中が真っ白になる。いまだこんなに大きい賭け金で負けたことはなかった。
「い、いやまだ、まだなんとか……もう一勝負お願いします!」
「おうよ、でかい勝負はまだまだこれからだもんな」
手が震えて、のどが渇く。一つ一つの動作が妙に遠く感じる。完全にペースを崩されてしまった。
配られたカードですら、これを開いても大丈夫なのかと迷いが生まれる。
気づけば、手元にあったコインは消え、最後のコインが今回収されていった。
絶望という言葉が、全身の毛穴から染み込んでくる。さっきまでの熱狂やワクワクは嘘みたいに吹き飛び、冷たい冷や汗だけが体中を駆け巡った。
嫌だ……! こんなの嫌だ! 負けたまま終わるなんて……!
焦燥感に支配された手で、僕はポケットを漁った。僕のなけなしの「手持ち金」。これを出せば、コインを買い足せる。もう一度賭ければ、さっきのコインを取り戻せるかもしれない! 取り返さなきゃ、勝って彼の敵を……!
「す、すみません! コインを交換してください! これで、これで買い足して続きを……!」
震える手で、大切なお金をテーブルの上へ差し出そうとした、その時だった。
ポン。
僕の肩に、そっとあたたかい手が置かれた。
「そこまでにしときな」
「え……?」
振り向くと、そこには見覚えのある人影が立っていた。頭に少し痛々しい包帯を巻き、どこか疲れたような、けれどどこかすっきりとした顔をした……彼。
「き、君……もう大丈夫なの!? 病院へ運ばれたんじゃ……」
「あぁ、大丈夫だ。経験豊富な先生のおかげでな。そしてキミを止めに来た」
彼はフッ……と自嘲気味な笑みを浮かべ、僕の手にそっと手を重ねた。
「馬鹿な俺の二の舞にならんようにな」
「僕……は……」
「負けた分を取り返そうとして自分の財布に手を伸ばしたら、そこから先は底なし沼だ。……俺はさっき、その沼の底から這い上がってきたばかりだからな」
遠い目をして語る彼の言葉には、奇怪な説得力があった。呆然とする僕を見て、ディーラーさんが「やれやれ」と肩をすくめる。
「そいつの言う通りだぜ。自分の生活費にまで手を出し始めたら、楽しかったギャンブルも途端に悪夢に変わっちまう。引き際を知るのも、粋なプレイヤーの条件さ」
ディーラーさんはそう言って、カウンターの奥からコイン型のキーホルダーをひとつ取り出すと、僕の手にポトンと落としてくれた。
「これは最初の健闘賞だ。あんなにいい勝負久々だったぜ。記念にさ、持って行きな」
金色に輝くキーホルダー。ずっしりと、そしてひんやりとした手触りは、熱くなりすぎた僕の頭を冷ますのに十分だった。
「う……、ごめん、ちょっとカッとなりすぎてたみたい……。ふたりとも、ありがとう……」
深くお辞儀をして、僕と彼は二人並んでカジノのド派手な扉をくぐり、外へと出た。
カジノの外へ出ると、眩しいほどの西日が僕たちを迎えてくれた。店内のにぎやかな効果音と光の濁流が嘘のように澄み渡った空。冷たい風が頬を撫で、カジノの中で狂っていた感覚が、ゆっくりと現実に引き戻されていく。
「ふぅ……本当に助かったよ。あのままだったら、僕、本当に全部のお金を使い果たすところだった……」
「気にすんな。俺はお前に格好悪いところを見せちまったし、気持ちはいてぇほどわかるからよ」
広場にもどり、やっと穏やかな街の音が聞こえてくる。
ひりつくようなスリルも、勝った時の快感も、とても楽しかった。けれど、この音を忘れてしまうまでのめり込むのはきっと自分の性にはあっていないのだろうな、とふと思う。
「……まあ、お互いスった者同士、これに懲りたらギャンブルは計画的にな」
「うん……身にしみて分かったよ……」
トボトボと歩く僕たちの影が、街の石畳の上に長く伸びていく。彼は「俺はちょっと頭を冷やしに公園でも行くわ」と言って、ひらひらと手を振りながら去っていった。
「……よし」
日が傾きつつある中、僕は軽やかに顔を上げる。
「お仕事、探そう」