STORY

ストーリー

FBKINGDOM STORY

EP5 FOXXXROOM

原案:白上 フブキ 執筆:茅埜 仁子

遠くから荒々しい革靴の足音と、静かなヒールの足音が響く。

ドタドタドタ。
コッコッコッ。

二つの足音が同時に止まる。
潔癖なまでに磨かれた白い両開きの扉。外には石畳やレンガの町並みが広がっているというのに、この建物は最低限のつなぎ目しかないほどにのっぺりとしている。ひやりと反射する乳白色の扉には、ボサボサの白髪を乱暴に後ろに撫でつけたメガネの男性。そして、長い栗毛色の髪の毛を低めのお団子にきっちりと結い上げた女性が反射していた。

「新しい漂流物が回収されたというのは本当かねェ?」
「はい、室長。今回は映像記録のようです」

女性は胸ポケットから乳白色の鍵を取り出して、扉へとかざす。かざされた部分から淡い光が伸び、円を描く。それがつながった瞬間に扉が開いた。
二人は勝手知ったる様子で中へと入っていく。
薄暗く保たれた室内に置かれていたのは 、三つの映像記録媒体。
室長と呼ばれた男性は怪訝そうに女性をみやる。

「アレ、三つもあるのォ?」
「いえ、漂流物として回収したのは奥のものだけです」
「……今回は爆発とかしなかったのかィ?」
「はい、室長。大変ありがたいことに、非常に安定した漂流物でした」
「なァんだ、つまんないノ」
「室長があれこれ構わず実験を繰り返すせいで修理費がかさんでいる、と司書様から注意を受けたばかりです。言動には気をつけてくださいね」
「そいつァ“向こうサン”に言っとくれよォ。壊したくて壊してるんじゃアないよォ」
「防ぐ努力をするべき、ということです。
また騎士団長様にげんこつを喰らいたいのですか?」
「おォう……ありゃ何度もはゴメンだよォ。
私の貴重な脳細胞にダメージがァ!」
「その貴重な脳細胞とやらを真っ当に使ってください、と言われているんですよ」

女性は白衣から薄い手袋を取り出してその手にはめる。繊細な指が迷うこと無く記録媒体の一つを手にとり、再生装置へと挿入した。キリキリと音を立てて装置が再生準備をするために動き出す。

「新種かィ?」
「一体はそうですね」
「じゃあ既存種が二種かァ。今回の調査員たちは?」
「問題ありません。多少療養は必要ですが、復帰可能です」
「そいつはよかったねェ。後で私からトウモロコシを差し入れようネ」

カチリ。
装置は、記録された映像を光とともに吐き出し始めた。

■CASE:1 白い狐のオバケ

「今回はココか……」
「はい、確かに空間に穴が空いています」

王国の外れ、森の中。木がまばらに生え、もう動かない古代兵器がちらほらと打ち捨てられている場所。そこは魔力の流れが濃く、元々空間が不安定な場所の一つだ。
空間に生じたヒビ割れのようなもの。時空と時空が何らかの要因でぶつかり合い、できてしまった穴。通称、クラックと呼ばれるものだ。

「うーん、これぐらい小さければ自然に閉じるんじゃないか?」
「そうですね……一応他にも空いているところがないか確認して戻りましょう」
「そうだな。早く団長と室長に報告して、王様の配信を見ながら一杯やりたいぜ」
「そのためにもほら、さっさと仕事しちゃいましょう」

記録者と、そのバディである騎士団に所属しているらしいすこん部はうなずきあうと、周りを見回し始める。ちょうどクラックから180度視点が回ったその瞬間。
急に視点がクラックへと戻る。

「……今、なにか聞こえませんでした?」
「え?俺には何も聞こえなかったぞ」

ふらふらとクラックの周りを視点がさまよう。
じわじわと近づいていく。

「おい、不用意に近づくなよ!」
「大丈夫です、少し確かめるだけ……」

ぐらりとまた視点が揺れる。そのまま視点が巡ると騎士団員のすこん部が記録者の肩をつかんでいるようだった。

「外からの音なら二人じゃ無理だ。応援を呼ぶか?」
「……はい、そうしましょう」
「よし。
……こちら巡回班、東11-2。クラック発生地点で物音を観測、直ちに応援を」

パキリ。
ピタリと音声と視点が止まる。
ヒビが剥がれ落ちる。

「まさか……」

震える音声とともに視点が後ずさる。
ギョロリ。赤い瞳孔が“向こう”から覗く。
弾かれたように視点が回転し激しく揺れる。

「こちら巡回班東11‐2! クラックからモンスターが出現!」

ノイズ混じりの獣のような唸り声、乱れた息遣い。びゅおっと空気を割く音。

「だめです!振り切れません!」
「振り返るなよ!とにかく走れ!」

映像は激しく乱れ、視点が空中に放り出される。
鈍い音とともに視点は地面に転がった。白く小さな二人の影が振り返ることもなく遠くへと消えていく。
視点がギョロリとした瞳に埋め尽くされる。黄色い虹彩と赤く細長い瞳孔は確かにこちらをとらえていた。
鼻を鳴らす音。瞳の主は視点から少し離れて記録装置を観察しているようだった。
二本のピンとたった耳、白い体毛。しかし、大きく大きく裂けた口と後ろ足が存在しない奇妙な出で立ち。クラックから現れたものは匂いを嗅ぐような動作をしながら、視点からつかず離れずにふわふわ漂っていた。
口がピクリと震える。
次の瞬間、視点は真っ黒に染まっていた。


「……壊された、かネ」
「はい、御覧の通り、記録媒体は無事でしたが装置自体は噛み砕かれていました」
「相変わらず速いねェ。FOXYは……惚れ惚れしちゃうヨ」

ジロリ、と睨まれた室長は大げさに肩をすくめて見せる。

「で、この後はァ?」
「無事逃げ切ったお二人が本隊と合流し、再度駆けつけた所、大人しく“向こう”へ逃げ帰ったそうです」
「今回は一体だけなのが功を奏した、って感じだねェ」

女性は再生し終わった記録媒体を取り出し、元あった場所へと返却する。そのまま隣へ安置された媒体を手に取った。

「それにしても最近多いねェ。やっぱりハロウィンが近いからかナ?」
「冥界の魔力の流れが強まるとクラックが生じやすいという仮説はありますが、証明はされていません」
「二つの世界がつながるんだヨ? 無関係ではないと思うがネ」
「……冥界の女王に聞かれると厄介なので、その仮説を唱えるのは研究室内だけにしてくださいね」
「ウフフ! わかってるよォ」

二つ目の記録媒体が挿入される。
またキリキリと再生装置が動き出す。

「そもそも、この“FOXXXROOM”自体、どういう理屈で繋がってしまったのか。
全くもって分かっていないのだからネ!」

■CASE:2 テレビの狐モンスター

「今回の任務は大型のクラックの先、“FOXXXROOM”へ直接潜入する調査任務だ」

この作戦のリーダーらしきすこん部が声を張り上げる。
視点はリーダーとその後ろの黒板に向けられていた。

「クラックが発生したのはここ、神社の近く。我々すこん部であれば通れるほどの大きなクラックだ。危険な任務だが、“FOXXXROOM”の謎を解き明かす絶好のチャンスだ」

リーダーが黒板を指し示す。ブリーフィング用の資料として、簡単な概要が書かれていた。

FOXXXROOMとは。
FBKINGDOMの各地に発生するクラックの先にあるとされる世界の“一つ”。無機質なカーペットが敷かれた、窓の一切ない室内と思われる空間が広がっていること。そしてキツネのような特徴を持つモンスターが存在しているらしいこと。
この二点をもって暫定的にそう呼ばれている異世界。
そして、この世界に迷い込んでしまったが最後、簡単に帰還することはできないとされている。
FBKINGDOMが別世界と繋がってしまう事自体はさほど珍しいことではないが、FOXXXROOMはとりわけ危険度が高く、早急な対応が必要である。

「決して班員から離れるな!尻尾に巻いたロープは死守するんだぞ」

リーダーと記録者を合わせた六人の班員はお互いにロープを確かめる。班員同士を繫ぐつなぐロープはFOXXXROOMへ突入した後、なにかがあった際にクラックの外から班員を引き戻す命綱だ。
装備を確認した班員たちはブリーフィングをしていたテントから外に出る。しばらく森の中を進めば、“向こう側”がはっきりと見える大きなクラックが警戒色のロープで囲まれていた。
記録者は一度立ち止まり、班員たちと視線を交わした。全員が覚悟を決めたように頷いた。

「よし、突入!」

若干のノイズの後、景色がガラリと変わる。
無機質な壁と柱。無地のカーペット。異様に広い、室内。静かすぎて耳鳴りがするような、異様な圧迫感。そして、何かが“成立していない”違和感。

「……突入成功。これより周辺を探索する」

その一声で全員が歩き出す。
そびえる壁や柱には構造的な意味を見いだせず、むしろ視界を塞ぐように配置されているように思えた。たまに落ちているものといえば、小さな時計や何かの部品だ。大抵は壊れていて、動いてもおおよそ役に立つとは思えないガラクタばかり。
しかし、それがポツンと一つ一つ放置されているさまがなんとも奇妙で不気味だった。

「おい!これを見てみろ!」

視点がリーダーを捉える。
リーダーは足元に転がる映像記録装置を指さしていた。

「見たところ、壊れていない。これを持ち帰ればよい資料になるかもしれんな」

ようやく成果物と呼べるものを見つけられて班員たちの間にも安堵の空気が流れた。
持ってきていた剣の鞘で記録装置をつつく。何も反応がないことを確認してから回収する。研究室員が手にとって調べてみれば、やはり記録も生きていそうだということだった。

「よし、これを室長のところへ持って帰れば解析してもらえるだろう。
今まで潰れて壊れたようなガラクタばかりで困っていたが――」
『繝溘ヤ繧ア繧ソ』

ノイズ。あまりにも大きなノイズ音。

「撤収!クラックまで走れ!」

視点は弾かれたように走り出す。

『繝峨さ繧ォ繝ゥ繧ュ繧ソ繝弱き繝奇シ?』

走りながら記録者は視点を自身の背後へ向ける。激しく揺れる視点には決してきれいな映像は残されていなかった。
が。大きな、大きな三つの鉤爪と、それに見合う大きな体躯の二足歩行のモンスターをはっきりと捉えていた。箱型の映像表示装置のような頭部には、上下の激しい折れ線グラフのような一本線がのたうち回って映し出されていた。

『繧ュ繝溘ち繝√Δ繧「繝弱さ繝医い繧ス繝懊え繝ィ』

大きなノイズ音が発せられる度、表示された折れ線が裂け、口のように動く。
モンスターは長い手足を悠々と振り、班員たちを追いかけてくる。
耐えきれないというふうな嗚咽が視点の左から聞こえてくる。

「もう少しだ!頑張れ!」

視点が回転する。クラックが近づいてくる。
ガクンと視点が揺れる。悲鳴が聞こえる。

『繝溘Φ繝翫ヤ繝翫ご繝?リ繧ォ繝ィ繧キ繝?ロ』

長い長い手足は、小さなすこん部の全力疾走などものともせず、一瞬で距離を詰めていた。視点がゆっくりと持ち上がる。不安定に視点が揺れる。

「やむを得ん、ロープを切れ!」

記録者は剣を抜き、自身に結ばれ、そしてモンスターにつかまれて釣り上げられようとしているロープを一思いに切り飛ばす。

「走れ!走れ!」

また班員全員が駆け出す。一人、また一人とクラックへ飛び込む。

『繝「繧ヲ繧ォ繧ィ繝?メ繝」繧ヲ繝ウ繝?』

視点が地面へ転がる。持ち上げられ、脱出してきたクラックへと視点が向けられる。
巨大な二足歩行のモンスターはクラックを通れずに、その場で立ち尽くしているようだった。

「クラックを塞げ!」

大声が響き、ドタバタとテントの方からすこん部たちが走り寄ってくる。数人のすこん部たちが杖を掲げ、呪文を唱える。
視点はそれを記録していたが、突如としてまた地面に転がった。


「……で、今回の負傷者が彼というわけだネ?」
「はい。ですが、軽症です」
「精神の方ハ?」
「……時間はかかるかと」
「うんうん、無理させないほうがいいヨ」

室長は腕を組んで天を仰いだ。

「いやー、それにしてもTVFOXはこれまで直接全貌を観測することは叶わなかったが、こんなデカいとはねェ!
こいつがこっちの世界までやってきて暴れたらと思うと、恐ろしくてたまらないねェ!」
「楽しくてたまらない、の間違いでしょう。室長の場合はですが」
「そんなことないよォ! 興味深いのは否定しないがネ」

クツクツと喉の奥で笑う室長を、毛虫を見るような目で見つめる彼女は映像記録を取り出した。

「あのノイズ。あれはあのTVFOXの鳴き声なのかネ?」
「わかりません。ですが、一定の法則性のある揺らぎは観測されています」
「じゃあ知能があるかもしれないネ。なァんて厄介なんダ!」

ピタリ、と女性の動きが止まる。

「どうしたんだネ? 助手チャン」
「今のところ観測されている中で、一番厄介と呼べるのは最後の個体かと」
「言い切るなんて珍しいねェ」

彼女は取り出した記録媒体を元の場所に戻す。
そして、調査班が回収してきた記録装置からサルベージしたデータが収められた最後の記録媒体を手に取った。

「我々、異界接続事象捜査機関『SCOPE』はこのような危険からこの王国を守るために設立されました。この記録は、我々に重要な心構えを伝えてくれました」

キリキリ。
映像再生装置が動き出す。

「FOXXXROOMに潜むものは、全てが例外なくモンスターなのだ、と」

■CASE:3 狐の女の子

「ねぇってば」

視点はカーペットが遠く感じる程度に高かった。ふらふらと左右に揺れた後、少し下へと向けられた。
すると、片目を隠したキツネ耳を持つ少女が記録者を見上げていた。

「あっち、まだ行ってないよ」

少女は一定の方向を指差し、記録者の手を握った。小さくて可愛らしい雰囲気とは裏腹に、少女の手と腕は鋭い爪とゴワッとした毛で埋め尽くされた獣のようなものだった。
しかし、記録者は慣れた様子で手を握り返し、少女に導かれるように歩き出す。

「お兄さんの落ちてきた場所、本当にわからなくなっちゃったの?」

少女はふわふわとした声で尋ねる。小さなノイズ音の後、少女は眉を下げた。

「そっか。ここ、とっても広いし、おんなじような景色ばっかりだもんね」

角を曲がり、柱を避けて進む。進めど進めど、景色は何も変わらない。
視点が下がる。

「お兄さん、どうしたの?」

視点が揺れる。

「……疲れちゃったんだ。じゃあ、ちょっと休もうよ」

少女は記録者の手を引き、壁際へと導いた。視点の高さが下がる。少女は正面にまでやってくると、心配そうな表情でしゃがみ込んだ。

「お腹すいた? えっとね、わたし、カニさんポシェットにキャンディもってるの」

ゴソゴソと首から下げたポシェットをあさると、少女は蛍光ブルーの包装紙に包まれた、タブレットキャンディのようなものを取り出した。
少女はそのまま記録者へ向かって差し出す。

「すーってするんだよ。食べてみて?」

小さなノイズの後、記録者の手が伸び、少女の頭を撫でた。

「えへへ、よかった」

少女は記録者の隣に座り込んだようだった。左から少女の声が聞こえてくる。

「え、わたし? わたしは……気づいたらここにいたから、詳しいことはわからないの」

視点が少女に向けられる。弱々しく伏せられた瞳は不安げに揺れていた。
しかし、ぱっと顔をあげると記録者へと抱きついた。

「でも、大丈夫。お兄さんにはわたしがいるからさみしくないよ!」

小さなノイズの後、また記録者の手が少女の頭を撫でる。
少女は不思議そうに顔を上げた。
小さなノイズの後、少女はうれしそうに微笑んだ。

「わたし、お兄さんと一緒にいてもいいの?」

視点が揺れる。

「やった! じゃあお兄さんとわたしは友達ね」

視点が揺れる。

「久しぶりのお友達! 最近は落ちてくる人があまりいなくてさみしかったの」

視点が揺れる。

「お兄さんは、どんな姿になるのかな」

視点が、揺れる。

「お兄さんは元々大きいから、もっと大きくなれるかもしれないね!」

視点が――揺れる。

「ねぇお兄さん。キャンディ、おいしかった?」

『繝翫ル繧ャ繧ェ繧ュ繝?う繝ォ??』

大きなノイズが響く。視点は遥か高く。少女に伸ばされようとした手には大きな三本の鉤爪が生えていた。

「馴染むまで少しかかるかな。大丈夫だよ、びっくりするのも最初だけだから」

視点が激しく揺れる。視点が空中を舞い、地面に転がる。

『繧ェ繝ャ繝九う繝?ち繧、縲√リ繝九ぎ繧ェ繧ュ繝?う繝ォ??シ?』

激しいノイズ音。しかし視点は明後日の方向を向いているのか、何もない無機質な壁と柱とカーペットのみを映し出していた。

「えへへ、本当はキャンディなんか食べなくても、ゆっくり変化していくんだけどね。
お兄さん優しかったから、つい」

少女の楽しそうな声だけが、妙にはっきりと響く。

「ずっと一緒にあそぼ!」

プツリと音声が途切れた。

「あなたたちのことも、まってるよ!」


「……クラックはきちんと閉じられたのかネ?」
「はい、司書様にも確認いただきました」
「なら、とりあえずは大丈夫だねェ」

全ての記録媒体を確認し終えた二人は立ち上がる。

「今はクラックの発生は確認されていないんだネ?」
「はい、室長」
「ならば次は、国内の結界をより強固にできるか皆と相談しないとねェ」
「はい、室長の開発されたクラック感知装置も量産体制がやっと整いました」
「よしよし。それじゃ、魔力場の不安定な所には、もう全部設置しちゃおゥ!」

そのまま部屋の扉を開け、廊下を進む。
この国の王へ迫る危機を報告し、対策を練るために。

FOXXXROOMへは、いつ、どこで、どんなときにつながるのか。全く解明されていないのだから。

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